Hakuhodo DY MATRIX The well-being company

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ウェルビーイングトーク しあわせの、これから。

Vol.3 「わたしたちのウェルビーイング」と触覚コミュニケーションの可能性

Hakuhodo DY Matrix(以下マトリクス)は、「100年生活者を見つめ、人生を通してWell-beingであり続けられる理想社会の実現」をめざしています。そして、ウェルビーイングは社会と共創していくものと考えています。こちらのサイトでは、ウェルビーイングに関わるさまざまな分野で活躍をされている有識者の方々に、毎回異なるテーマでインタビューを行い、そこから得られた多様な知見や役立つヒントを発信していきます。

お話をうかがった方

渡邊淳司さん

NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部 上席特別研究員。
人間の触覚のメカニズム、コミュニケーションに関する研究を人間情報科学の視点から行なう。また、人と人との共感や信頼を醸成し、ウェルビーイングな社会を実現する方法論について探究している。主著に『情報を生み出す触覚の知性』(化学同人、2014、毎日出版文化賞〈自然科学部門〉受賞)、『表現する認知科学』(新曜社、2020)、『情報環世界』(共著、NTT出版、2019)、『見えないスポーツ図鑑』(共著、晶文社、2020)、『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』(共監修・編著、ビー・エヌ・エヌ、2020)がある。

ウェルビーイングのカギは、
「その人が存在していること自体の価値」を
深く感じること

まずは渡邊さんの研究領域について教えてください。

渡邊淳司さん(以下、渡邊)
Skin Hungerということばを聞いたことはありますか?これは皮膚の接触渇望といって、「人々が人と人との触れ合いを求めている状態」を表す言葉です。コロナ禍で、このSkin Hungerが高まりました。

わたしは、人間の触覚のメカニズムやデジタルコミュニケーションを研究しています。コロナ禍を経験して社会が変化している今、制約がある中でのコミュニケーションの価値やデジタルで会うことの意味が問い直されています。その中で、触覚を使ったコミュニケーションの意義が高まっていると感じています。

例えば、2020年、フェンシングの全日本選手権は無観客で行われました。
私たちは、そこで、リモートでハイタッチ、遠隔で透明の板越しに相手の映像を見ながら、それに向かってタッチすると、触感が感じられる体験の実現をお手伝いしました。選手は試合直前に遠隔のお子さんや家族とハイタッチしてから試合に臨み、むしろリアルな試合会場では不可能なコミュニケーションが実現できました。
https://www.ntt-west.co.jp/brand/newnormal/fnec/

また、「心臓ピクニック」というワークショップがあります。 これは、聴診器を胸に当てると、それにつながった小さな白い箱が鼓動に同期して震える装置を使っています。初めて会った人でも、名刺代わりに心臓を渡し合い、互いの心のドキドキを感じ合うことで、相手が生きていること、その存在をダイレクトに感じることができるのです。

渡邊淳司、川口ゆい、坂倉杏介、安藤英由樹、
日本バーチャルリアリティ学会論文誌 16(3) (2011)

触覚でお互いの存在を感じ合うことができるということですね。

渡邊
ウェルビーイングと触覚を考える時のキーワードとなるのが「内在的価値」です。少し難しい言葉ですが、人の価値について考える時に、この人は〇〇ができるとか、道具的に考えるのではなく、「その人が存在していること自体に価値がある」と考えるということです。 リモートハイタッチや心臓ピクニックというのは、触覚を通じて「共に在る」ことをより深く感じることができる、コミュニケーションの場を作り出しているのです。

共に感じ合う場を作る試みの一つに、目の見えない方と一緒に行うスポーツ観戦にも挑戦しています。通常の視聴覚を使った実況中継では、目の前で起きていることを正しく描写しようとしますが、わたしたちは、触覚を通じて、選手の動き、タイミング、リズム、迫力など言葉では伝えられないものを伝える可能性を追求しています。

見えないスポーツ図鑑 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=TzkrMS8jMD8

触覚が視覚・聴覚と異なるところは、伝える側と伝えられる側、する側とされる側が明確に分かれていない点です。例えばみなさんが握手をするときを想像してみてください。たぶん、握られているのか握っているのかわからないと思います。する側とされる側の曖昧さは、「共に在る」という関わり合いをつくる上で、とても大切な視点になると思います。

ウェルビーイングは、
自ら「開花する(Flourish)」もの
技術やサービスは、種に水をやることしかできない

渡邊さんは、どうしてウェルビーイングの研究に取り組むようになったのですか?

渡邊
実は、私自身、初めからウェルビーイングの研究をしていたのではありません。 デジタルを通じた触覚の研究を続ける中で、これはすごくウェルビーイングにつながるな、と気づいたのです。
私なりに、ウェルビーイングを言葉にするとすれば、「ステークホルダーすべての内在的価値を尊重し、他者を感じ合い、働きかけ合いながら生成的に関係を作ることで、○〇〇〇を行っていくこと」となります。

「○○○○を行っていく」としているのは、これまで研究を実践へ落とし込む中で、ウェルビーイングになること自体を目指すと、うまくいかないことが多かったからです。「ウェルビーイングに、〇〇〇〇を行っていく」として、ウェルビーイングを副詞的に考えると、ものごとが考えやすいし、うまく進むと思います。

つまり、互いを尊重し、関わり合い、自分も他者も満足しながら(≒ウェルビーイングに)、働く、とか、サッカーをする、とか……。〇〇〇〇の中は何でもあてはめることができます。「ウェルビーイングに働く」は具体的にイメージできるけれど、「働いて、ウェルビーイングになる」だと、働く内容は何でもいいので、イメージができません。 「今やっていること」を、ウェルビーイングに行っていくとどうなるか、から考え始めると、うまく行きやすいと思います。

ウェルビーイングを実現するサービスを考える時には、どんなことが重要になりますか?

渡邊
海外の研究では、ウェルビーイングをFlourish(開花する)と表現することがあります。これは、一人ひとりが持っている大切なものが、その人自身の動機づけによって芽が出て花が咲く、それがウェルビーイングだ、という考え方です。どこからか花を切って持ってきて「はいウェルビーイングですよ」と手渡せるものではありません。私たちがサービスを通してできることは、種に水をやることしかない、という視点が重要ではないでしょうか。

処方箋や答えは出さない
それぞれの人が解釈する「余白」と「曖昧さ」を
大切にする

ウェルビーイングには自律性が大事ということをおっしゃっています。そこにも通じますね

渡邊
ウェルビーイングのためのテクノロジーを開発したりサービスを考える際、それぞれの人が自分なりに解釈したり、自分で判断する「余白」を残しておくことはとても大切だと思います。 これは、親方から弟子への技能伝承や教育などでも言われている話ですが、いきなり「見た目通りに真似しろ」といわれても、考え方も経験も身体の使い方も異なる人には通じません。同じように、ウェルビーイングな人の真似をしても、必ずしもウェルビーイングな状態にはならないのです。

私は料理が苦手で、包丁をあまり上手に使えません。それが、あるとき、プロの料理人の包丁さばきの振動を記録する場を設けて、プロがシャキシャキッとリズムよく食材を切るのを体験して、その直後に自分でも包丁をそのリズムで動かすと、なんだかいい感じにキャベツが切れました。
その時の私の経験は、プロの包丁さばきを全部コピーしたのではありません。切るという行為のリズムを参照し、自分の体の動きを調整することで、結果的にいつもより上手に包丁で切ることができたわけです。「すべてをコピーしてその通りにしなさい」という処方箋を出すことでは、ウェルビーイングは生み出せないわけです。

ですから、情報を伝える時は、敢えて「曖昧さ」を大切にしたいと思っています。「このレストランに行きなさい」ではなく、「おなかがほっこりするものを食べなさい」といった感じです。そうすると、いくつか選択肢が生まれて、その中で「自分は、これをしよう」と考えることになります。情報を伝える側がその人のことを完全にわかっているわけではないので、「その人自身が判断する」というプロセスを入れておいたほうがいい、そして最終的な判断は使い手自身が行う、ということです。

サービスを考える時には、全員共通か、オーダーメイドか、という両極端になりがちですが、その中間にできることがある、と考えています。幅を提示して、その中でそれぞれが選んでいく、というやり方です。みんな同じ給食にするか、各自個別のお弁当にするか、ではなく、その間にある、「食材はある程度加工して渡すので、最後は自分のやり方で調理してくださいね」というイメージです。

まず「やってみて」、「振り返る」。 
そして「気づく」

それぞれの人の気づきや行動を引き出すために、工夫されていることはありますか?

渡邊
まず、「わたしのウェルビーイングってなんだろう?」と、自分自身で気づくために、「やれる」からスタートすることを大切にしています(下図1)。
先ほどもお話しましたが、いきなり「ウェルビーイングとは〇〇である」と定義をしたり、その構成要素を「見える化」しようとするのは、経験上とても難しい。実際に、「一度やってみる」ことを通して、「わたしにとってウェルビーイングってこういうことなのか」に気づく。その結果ウェルビーイングを構成する要因が「見える」という流れで進める方がうまくいきます。

図1

見える化の一つの例として、「オノマトペログ」があります。これは経験サンプリングといわれる手法の一つで、アプリなどを使って、日常の中で「今、どんな気分?」と問いかけ、そのときの気分を、「わくわく」や「ほっ」のようなオノマトペで回答していきます。 通常は、「今の気分は10点満点で何点ですか?」など点数で問われることが多いのですが、点数だと後から振り返ることが難しいです。その点、オノマトペは身体的で曖昧さが含まれていて、その時の自分を振り返りやすいのです。わたしたちは人間なので、このような「曖昧さ」が必要だと思います。

後で時間をとって振り返って、「私って、いつも、‘ほっ’のあとに‘よしっ’となるな」といったパターンに、自分で気づくことが重要なのです。人から言われるのではなく、自分自身の感覚で体験を意味付けしていくことができるようになると、その人自身の納得感、主体感が変わってきて、ログを続けられるようにもなります。

渡邊淳司、村田藍子「ポジティブ・コンピューティングを自分事とするために :
ウェルビーイングへの身体性からのアプローチ 」感性工学 18(2), 63-67, 2020

また、ウェルビーイングの計測や介入は、アジャイル的であることが望ましいと思います。つまり、最初から設計した通りにスタートしてデータを収集して終わり、とするのではなく、収集したデータや情報をみながら対象者と対話を重ねて、次に少し測り方を変えたり、別の視点の測定をしたりすることを繰り返します。このようにして、プロセスの中で対話を重ねることがデータ提供者との信頼関係にもつながりますし、データ提供者も自身のデータを振り返ることで、理解が深まり、結果的に主体性が生まれ、動機づけにもなります。
参考:「アジャイル環境センシング」
http://furue.ilab.ntt.co.jp/book/202109/contents2.html

ひとり一人のウェルビーイングを価値観まで掘り下げて 「わたしたち」のウェルビーイングが
満たされるアクションに再統合していく

「やれる」からはじめるワークショップの取り組みもたくさんされていますね

渡邊
日本のウェルビーイングは欧米とは違う、といわれています。 非常にざっくりとではありますが、欧米は、個があってチームが作られる個人主義型。個人として才能を発揮して周りから認められるという道筋が多いと考えられます。対して、日本では、あるチームや集団の中で役割を果たす過程で、一人ひとりの特性や才能が見えてくるようになります。ですから、日本では関係性とかプロセスが、より大事になってくるのです。

『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』という本の中で示していますが、この背景を踏まえて、約1300人の大学生を対象に「毎日の生活のなかで、あなたがよい状態(ウェルビーイング)だなと思うときを3つ挙げてください」という調査を実施しました。そして、挙がってきたさまざまな回答を分析して、ウェルビーイングの要因を、I(個人的なこと)、We・Society(他人との関係性や社会的なこと)、Universe(超越的な世界との関わり)という3つのカテゴリーに分類しました。

この「3つ挙げてもらう」という方法は、ふだん考えない「ウェルビーイング」について考えてもらうこと、そして、大学生のウェルビーイングには、I、We・Society、Universeの要因がどのようなバランスで含まれるのか、を考察することにつながりました。但し、いきなり「ウェルビーイングな状態を挙げてください」といって答えてもらうのは少しハードルが高かったようでした。

そこで、最近やっているワークショップでは、より多くの方を対象に使える「わたしたちのウェルビーイングカード」というものを開発して使っています(図2)。

図2「わたしたちのウェルビーイングカード」

ウェルビーイングは人によって異なりますが、ウェルビーイングの要因について、ある程度の分類は可能だと思います。ここでは、「I、We・Society、Universe」の4カテゴリーを設定し、ウェルビーイングの要因を27個にブレークダウンしています。「成長」「親しい関係」「社会貢献」「自然とのつながり」といった、「解釈できる抽象度」を持ち、「ある程度の人が大切だと感じやすい」要因です。抽象的なことばの裏面に、子どもを対象としたワークショップでも使うことができるような、具体的なシーンや状況が書かれたカードもあります。

「自分のウェルビーイングってなんだろう?」と気づくための一つの使い方は、27枚のカードから任意の3枚引いて、そこに書かれた抽象的なことばを意識しながら一日を過ごしてみるというものです。例えば、自分にとって「自然とのつながりってなんだろう?」とか「成長ってなんだろう?」といったように。すると、ふだん意識していなかった「わたしのウェルビーイング」について、実感をもって「気づく」ことができます。

さらに、このカードをグループワークに使うこともできます。例えば5人一組になって、ひとり3枚のカードをひいて、それぞれのウェルビーイングを紹介します。そのあと、3枚×5人の15枚のカードを並べて、そこに出てきたウェルビーイングの要因ができるだけたくさん満たされるイベントを考えます。

一例として、ウェルビーイングな休日を考えるワークでは、「休日に富士山に登ってボランティア活動する」というアイディアがでたのですが、これはAさんのSociety(みんなの役に立ってうれしい)と、BさんのUniverse(自然との一体感が感じられる)の両方を満たすものでした。

ここで、大切なのは、一人ひとりのウェルビーイングを、「なぜそう感じるのか」「なにを大切にしているのか」という価値観のレベルまで掘り下げて解像度を高めたあと、できるだけ多くの人のウェルビーイングが満たされるように「わたしたちのウェルビーイング」として再統合するというプロセスです。
このようなプロセスを通じて、集団の中での良好な関係性を見つけていくことが、特に日本におけるウェルビーイングな社会づくりには有効なのではないかと思います。

「サービスとしての合理性」と
「ひとり一人の可能性の拡大」のバランスで
社会全体のウェルビーイングを押し上げる

自分への気づきだけでなく、他を尊重しながら関係性を築いていくプロセスが大事なのですね

渡邊
ひとりひとりウェルビーイングは違うよね、といってしまえば、それは個々人で解決してくださいね、ということになってしまいますよね。
先ほどの例でもありましたが、私たちがワークショップを行う中で大切にしているのは、目的に向かって一直線に進むのではなく、メンバーのウェルビーイングや価値観を一度深く掘り下げて、その要素を使って、みんなで「ウェルビーイングな○○○○」の具体的な案を磨き上げていく、U字カーブのプロセスです。

JST RISTEX「日本的Wellbeingを促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」プロジェクトが
作成した「ウェルビーイングな暮らしのためのワークショップマニュアル」より

例えば、個々人の大切にしている価値観を共有したあと、案を出していく過程で使うワークに、4人で作る4コマストーリーボードがあります(図3)。
一番目の人が、自分が感じているウェルビーイングの問題点を書いて、二番目の人がそれを受けて好きに話を展開し、三番目の人が解決の糸口を書いて、最後の四番目の人がストーリーのオチをつける、というものです。ここで行っているのは、一番目の人の問題を、みんなで解決していくということです。

図3 『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』P270より引用

いきなりやると、変なストーリーができてしまうのですが、一度、個々人の大切にしている価値観まで共有してからこのワークを行うと、結果として、ちょっと変だけれど的外れではない、いい意味で飛んだサービスのアイディアが生まれることがあります。

そして、個人個人だけでなく、社会全体のウェルビーイングを押し上げるサービスを考える時は、二つの視点を持つことが重要です。 一つは、当然ですが、ユーザーが効率よく目的を達成するために選択肢を減らす「サービスとしての合理性」の視点。もう一つが、「その人が存在していること自体の価値」を大切に、「人々やその関係性の可能性を広げて豊かにしていく」、選択肢を増やす視点です。この二つの視点を行ったり来たりして、そのバランスを考えていくのがポイントだと思います。
そして、そのモノやサービスによって、ステークホルダーそれぞれのI、We・Society、Universeのどの部分がどのようによくなるのか、イメージすることも重要となります。

長期的なスパンで、「わたしたちのウェルビーイング」を 実現していく

孤独が社会問題でもある中で、ステークホルダー全員のウェルビーイングの視点は大事ですね

渡邊
社会のつながりを考える時には、「どこまでが自己なのか」という「自己感」も大切です。京都大学の出口康夫先生は、「われわれとしての自己」という自己感を提唱されています。これは、「私」を自己と考えるのではなく、関係者を含めた「われわれ」を自己として捉える視点から、物事を見るということです。
参考:出口氏インタビュー「わたし」としてではなく「われわれ」として生きていく http://furue.ilab.ntt.co.jp/book/202002/contents1.html

例えば、自分の知っている人によいことがあっても、それが他人だと思うと、自分には関係のないことになるし、羨んだり妬んだりするかもしれません。しかし、この「われわれとしての自己」の視点に立つと、人によいことが起きた時に「われわれの一部分によいことが起きた」と認識され、自分にとってもよいことになります。
わたしとあなたを完全には分けない視点を持つことで、孤立の少ない社会を作っていけるかもしれません。

私とドミニク・チェンさんが中心で翻訳した『Positive Computing(邦題 ウェルビーイングの設計論)』では、ウェルビーイングを「医学的」、「快楽的」、「持続的」の3つに分けていますが、医学的は健康、快楽的は感情、そして「持続的」というのは、自分の状態だけでなく、人との関わりまで含めて、長いスパンでウェルビーイングを捉えようという考え方です。

今、重要視されているのは、この「持続的ウェルビーイング」を考えることです。ウェルビーイングを考える時に、短期的ではなく「長期的なスパンで」、個人だけでなく「わたしたちや社会として」捉えていく、ということなのです。

時間が変化する中では、誰もが良い状態にも悪い状態にもなります。その時に、良い状態の人が、悪い状態の人をサポートする、コミュニティの中でお互いが補い合う。そういう「持続可能な、わたしたちのウェルビーイングの実現」が、これから目指していく姿だと思います。

聞き手

田中 卓
Hakuhodo DY-Matrix マーケティング・プラニングディレクター。
100年生活の「Well-being≒満たされた暮らし」のモデルをつくることを目指し、業務に取り組む。
殿村江美
㈲E.flat 代表。
ウェルビーイング時代、人々がポジティブな感情で生きられる生活価値を創り、届けるマーケティング活動に携わる。