Hakuhodo DY MATRIX The well-being company

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ウェルビーイングトーク しあわせの、これから。

Vol.6 「社会的処方」を通じて、まちをウェルビーイングの拠点に

Hakuhodo DY Matrix(以下マトリクス)は、「100年生活者を見つめ、人生を通してWell-beingであり続けられる理想社会の実現」をめざしています。そして、ウェルビーイングは社会と共創していくものと考えています。こちらのサイトでは、ウェルビーイングに関わるさまざまな分野で活躍をされている有識者の方々に、毎回異なるテーマでインタビューを行い、そこから得られた多様な知見や役立つヒントを発信していきます。

お話をうかがった方

西智弘さん

川崎市立井田病院 腫瘍内科 部長
一般社団法人プラスケア代表理事
2005年北海道大学卒。室蘭日鋼記念病院で家庭医療を中心に初期研修後、2007年から川崎市立井田病院で総合内科/緩和ケアを研修。その後2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科を研修。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。また一方で、一般社団法人プラスケアを2017年に立ち上げ代表理事に就任。「暮らしの保健室」「社会的処方研究所」の運営を中心に、地域での活動に取り組む。
日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。
著書に『だから、もう眠らせてほしい(晶文社)』『社会的処方(学芸出版社)』などがある。

「社会的処方」は、人と人のつながりをつくりだし
生きるチカラを取り戻す

まずは、先生が取り組んでいらっしゃる「社会的処方」について教えて下さい。

西智弘さん(以下、西)
「社会的処方」とは、薬で人を健康にするのではなく、人と人とのつながりを通して人を元気にするしくみのことをいいます。1980年頃イギリスではじまり、その後、イギリス国内の孤立、孤独対策の柱の一つとして政策に取り入れられるようになりました。現在、日本でも、社会の孤立、孤独対策の一つとして、骨太の方針*1の一つとして政策に取り入れようという流れになっています。
*1「骨太方針2021(経済財政運営と改革の基本方針2021)」の中で、「孤立、孤独対策」の施策として「社会的処方」を活用していくことが明記された。

たとえば「社会的処方」がない世界で、家で引きこもっている80代のおじいさんが、「眠れません」といってクリニックに来たとします。あるお医者さんは「睡眠薬を出しますから、これを飲んで寝てくださいね」と言います。もう少し丁ねいなお医者さんならば、「毎日、どんな生活していますか?」と聞くこともあるでしょう。すると、おじいさんは毎日、朝起きて、ごはんを食べてテレビを見て、昼ごはん食べてテレビを見て‥‥‥の繰り返しだということがわかります。そこで、お医者さんは、「ごはんを食べるか、テレビを見るかだけでは眠れませんね。少し運動してみましょう」とアドバイスをします。でも、このような処方で、不眠やひきこもりが解消される可能性はあまり高くありません。

一方で、「社会処方」がある世界では、まず、おじいさんの生活背景まで含めてじっくり話を聴きます。すると、実は、半年前に奥さんを亡くされていて、以前は奥さんに連れられてサークル活動に行ったり、よく外出をしていたけれど、奥さんが亡くなってからは外出頻度が減って、半年くらいたって眠れなくなって辛くなってきた‥‥‥ということがみえてきます。さらに、話を聴いていくと、元々おじいさんは花屋さんをやっていて、お店をたたんだ今も花は大好きだ、ということまでわかってきます。このとき、お医者さんが、まちで花壇を整備しているNPOを知っていたとします。そして、おじいさんに、「眠れるようになるには、外に出ていくということが大事なんですよ。実は知り合いに、花壇の整備をしているNPOの人たちがいて、人手不足で困っているんです。ちょっと手伝ってもらって、お花の何たるかを教えていただくことはできませんかね?」と頼みます。おじいさんは、はじめのうちは渋るかもしれませんが、話しているうちに、「先生がそこまで言うなら行ってやるか」という流れになるわけです。
そして、花壇の整備をしながら、花の育て方を話したりすると、周りの人たちから「すごいですね~」と褒められて、「じゃ、明日も来てやるか」となります。こうして、そのおじいさんは、日中外に出て、頭も体も使って、笑顔になって、程よく疲れて、眠れるようになる。これが「社会的処方」のある世界のストーリーです。

おじいさんには、ひきこもりになる原因がある。その原因を取り除けるように、人と人のつながりを処方するのです。もちろん、不眠に対して睡眠薬を処方する方法がいけないわけではありません。しかし、「社会的処方」だと、不眠に対処するだけでなく、まちの中でつながりができ、役割ができる。そして、それによって一人ひとりの生きるチカラを取り戻すことができるのです。

「社会的処方」を文化にしていく
それは、地域の一人ひとりが、孤独な人のつなぎ手となっていくこと

つながりをつくる「リンクワーカー」についても教えてください。

西
「社会的処方」が生まれたイギリスでは、ドクターが直接患者さんに「社会的処方」を行うこともありますが、ドクターがまちの資源(例えば、先ほどの地域の花壇のNPOやダンスサークルなど)をたくさん知っているとも限りません。そこで、鍵になるのが「リンクワーカー」という人たちです。イギリスでは資格制度になっていて、非医療従事者が研修を受けて、資格を取得します。ドクターはリンクワーカーに、クリニックに来た患者さんのケースを相談します。すると、リンクワーカーが患者さんに、「あなたは、どんなことをしてきて、これからどんなことをしていきたいのか」といったことを詳しく聴いて、その人に合った適切なまちの資源をマッチングしていくのです。

日本でも、イギリスと同様に、リンクワーカーを制度化して専門職を養成するという考え方があります。しかし、日本全国に十分な数のリンクワーカーを養成するには、費用も時間もかかります。たとえ専門職を作ったとしても、人口何万人かの中にたった一人リンクワーカーを置くだけで、孤立、孤独の問題が解決するわけではありません。

私たちは、日本で「社会的処方」を文化にしていきたいと考えています。
孤立、孤独は、どこでも起こりうる一般的な社会課題です。その解決のためには、うちの地域は独居高齢者が多いとか、共働きが多いとか、地域の孤立、孤独に関連しそうな現状に気づいている地域の一人ひとりに「何か自分にできることはないか?」と考えてほしい。孤立、孤独になっている人たちをつないでいく役割、つまりリンクワーカー的な動きを果たしてほしいと思っています。一人一人、少しずつでいいのです。人と人をつないでいったり、それを支える活動を盛り上げることが、当たり前の社会になっていくこと、それが文化になるということだと思います。

例えば、リンクワーカー的な活動で子どものひきこもりが解消された例があります。あるNPOが、子どもたちの居場所づくりのために、ゲーム会社の社員が主催するゲーム教室をつくりました。教室には、ひきこもりや不登校の子どもたちが来ていたのですが、プログラムを作ってロボットを動かすことに夢中になっているうちに、その場所の古参になって、次第に自分が新入生にいろいろなことを教える立場になっていきました。この活動のおかげで、その子どもは、コミュニティの中で自分の役割を見つけることができ、結果としてひきこもりが解消されていったということです。

使命感からではなく、一人ひとりが楽しんでできることから始める
それが結果として、課題解決につながる流れをデザインする

なぜ、日本で社会的処方に取り組むようになったのですか?

西
私自身はがんの専門医で、がんは人の関係性を壊すということを目の当たりにしてきました。がんになったことで、責任ある仕事から外されたり、変にすり寄ってくる人がいたり、離れていく人がいたり。命にかかわる危険性も高い中、患者さんは「こんなに苦しい思いをしているのは自分しかいないのではないか」「たとえ家族でも、自分の気持ちを分かってくれる人なんていない」と思いこんでしまい、どんどん孤立を深めて、生きるチカラを失っていく。そういう特徴が、がんにはあるのです。
病気そのものに対しては、さまざまな治療法があります。しかし、こうした患者さんの孤立をどのように支えていくか、ということは非常に疎かにされていると痛感していました。その時に、「社会的処方」に出会ったのです。調べていくうちに、社会的処方で、人の生きるチカラを取り戻すことができる、ということを知りました。これが取り組みのきっかけです。

今、私たちがやっている活動の一つに、「社会的処方研究所」があります。ここでは、国内外の社会的処方の研究成果などの情報を収集し、情報をシェアすることを全国のネットワークを通じて行っています。そして、もう一つ、武蔵小杉(神奈川県川崎市)で、「暮らしの保健室」という出張型のまちの相談室を運営しています。ここでは来訪者の話を聴き、「これは、孤立が原因になっていそうだな」というお困りごとに対して、「こういう人たちとつながると面白そうではないですか?」と、まちの資源を案内します。また最近は、まちの中で「私もつながりが大事だと思います!」というリンクワーカー的に動いてくれる人と連携して、支える側のネットワークを作っていくことを始めています。

「社会的処方」に取り組む中で、何が課題だと感じていますか?

西
そもそも、「社会的処方」が広がっていないことが第一の課題です。そこには、コトバの問題もあると思っています。「社会的処方」は、イギリスのSocial Prescribingの直訳で、コトバだけ聞くと医療者だけの問題と捉えられがちです。お医者さんのところに孤立や孤独を抱える人が集まりやすいのは事実です。しかし、例えば、まちにある児童相談所や、学校の保健室も子どもの孤立が見つかりやすい場所だと思います。そういった医療現場以外の場所から、どう支援につなげていくか、ということは大きなテーマだと思っています。

ただ、最初にまちの中に課題があって、それを「何とかしなきゃ」と使命感で動くのは、結構つらくて大変です。「私はこういうことできます!」「私、こういうことをやってみたいです!」という人たちと一緒に何かをやる中で、まちの課題が見つかって、「だったら、こことここを結ぶと解決できるかもね」というように、できることを楽しみながらやっていったら、そのうち課題解決につながった、という流れをデザインすることが大切です。

「いいね!」のフォロワーシップが、「社会的処方」を盛り上げる

リンクワーカー的な活動がうまくいくポイントは何ですか?

西
それは、「私こういうことできます!」「私もやりたいです!」と手を挙げた人に対して、「いいね!」と言ってくれる人が周りにたくさんいることです。私は北海道出身ですが、もう10年以上川崎市に住んで武蔵小杉を拠点に「社会的処方」に取り組んでいます。なぜここで活動をしているのかというと、「いいね!」が生まれやすいまちだからです。
大人たちが「これやりたい!」と言って楽しんでいる姿を見て、子どもたちが「私も何かやりたい!」「できるかも!」と真似るという効果もあります。武蔵小杉には、高校生がゴミ拾いサークルを立ち上げて、リーダーになって、それを知ったおじさんたちが、「いいね!俺たちも参加するよ!」となった活動もあります。こういうフォロワーシップが「社会的処方」を行っていく上で欠かせないと思います。

武蔵小杉は、工場跡地を開発して駅前にタワーマンションが並んだ新しいまちなのですが、再開発前から、まちが閉鎖的にならず、人と人がつながりを持ち続けることができるか、ということを考える機会がたくさんありました。10年位前から、行政や企業、NPOなどがまちづくり関係のワークショップを続けていて、その中で市民が、自分のできることや、やってみたいことを、声に出したり書いたりするという訓練が行われています。いろいろな人たちがこういう場に参加する中で、「まちづくりに関わるのは、ふつうのこと」という文化が育ってきたまちなのだと思います。
日本では、まちの活動とか地域貢献という文脈を前面に打ち出すと、「意識高い系」と思われたり、恥ずかしさにつながることがありますが、「社会的処方」のような活動がまちの中にふつう存在していて、みんなで盛り上げる文化があると、そこに関わることへの抵抗はなくなるのではないでしょうか。

孤独や孤立を取りこぼさないために
まちの中に人と人との「関わりしろ」をつくる

まちにはどのようなしかけがあるといいのでしょうか?

西
まちの中には、いろんな人が「まちに参加する余地」としての「関わりしろ」があることが大事です。よく「社会の中のお客さん」という表現をするのですが、どこにいっても一見のお客さんという状態だと、「自分が居ても居なくてもまちの暮らしは変わらない」という感覚につながりやすい。
まちには、昔の酒場のように「人が滞留していて、参加できて、つながりが生まれるところ」が、たくさんあるほどいいと思います。「あそこに行けば、いつも○○さんに会える」「自分の居場所がある」という安心感が、「自分はまちの中の一員である」という感覚につながり、「自分はひとりじゃない」「このまちは自分のまちだ」という思いにつながっていきます。
私自身、縁もゆかりもない100万人都市の武蔵小杉のまちの中で、「西さん」と声をかけられるようになった時にはじめて、「このまちに居てもいいんだ」と思えるようになりました。

そういう居場所づくりの例でよく知られているのは、高円寺の「小杉湯」です。80年以上ある銭湯ですが、「山田さん、久しぶり」「田中さん、最近来てる?」のように、生活の中で人と人が触れ合う昔ながらの銭湯文化があります。それが、孤立、孤独を見えやすくする装置になっているのです。引きこもりの人も銭湯には来るので、「4丁目の佐藤さん、最近来てないね」といったことが話題になりやすい。孤立、孤独を抱える人が、何かあったときに、「実は、、、」と相談しようと思える番台のおばさんがいることも大事でしょう。
まちの中に、孤立、孤独を見えやすくする装置、何かあったときに助けとなる装置があることの意味はとても大きいです。この銭湯の隣には「小杉湯となり」といったシェアスペースもあって、まちに関わる人と人とが自然と集まり、横につながっていける「関わりしろ」もあります。

誰もが、チカラを持っていると信じる
そのチカラを引き出すことで、ウェルビーイングへ

MATRIXのテーマの一つでもある、高齢者のウェルビーイングにもつながりそうです。

西
インターネットで何でも調べられる世の中で、高齢者の知恵や経験といった年の功が通用しづらくなっています。でも、まちの中で、「私は昔から〇〇が趣味だったんです」と声を上げられる文化があり、そこからつながりが生まれれば、「〇〇さんって、こういう人なんだ」という〇〇さんのキャラクターがまちで可視化されます。すると、まちが居場所になり、生きがいにもつながります。私が知る中でも、「地域をよく知るおじいさん」というキャラクターで知られる人と、毎朝、散歩をしながらまちの歴史を学び、最後には公園で朝からシャンパンで乾杯、という活動している人たちがいて、みなさんすごく楽しそうです。

また、海外のアートプログラムをみていると、絵を描いた人、一人ひとりが独立したアーティストとみなされます。Aさんが描いた絵と、Bさんが描いた絵の間に優劣はなく、「Aさん素晴らしいですね」「Bさんも素晴らしいですね」と盛り上がるわけです。お互いがお互いを支え合って褒め合う文化があります。これも、フォロワーシップです。
高齢者の方は、一般的に、何かをする際に、「自分はうまくできないんじゃないか」「自分にはそんな能力はないんじゃないか」と考えがちです。ですが、周りの人たちが「〇〇さん、すばらしいじゃないですか!」と言っていくことで、「私って、こういうチカラがあるんだ」と気づくことにつながりますし、それが生きるチカラになる場合もあります。ですから、こういうフォロワーシップは、社会処方のみならず、ウェルビーイングを支える上でも非常に重要な点だといえます。

一人一人の持つチカラを尊重することがベースにあるということですね。

西
そうですね。社会的処方の3つの基本的概念として、「人間中心性」「エンパワーメント」「共創」があります。
「人間中心性」というのは、Aさん、Bさん、Cさんはそれぞれ生活背景も価値観も異なることを前提とする考え方です。「眠れません」という症状だからといって、Aさんではうまくいった花壇整備のNPOを誰に対しても紹介すればいいわけではありません。Bさんにはダンスサークルの方が合っているのかもしれないのです。
「エンパワーメント」は、一人一人が持っているチカラを信じることです。障がいがあろうと、病気があろうと、高齢であろうと、「誰もが、自分を表現できるチカラを持っている」と信じることが大事です。そして、周りとどのようにつながると、そのチカラがうまく引き出せて、その人のチカラを最大限に表現できるようになるか、ということをみんなで考えていくのです。
「共創」は、「私これ、できるかな?」「こういうことに興味があります!」といった人がいるときに、「じゃ、こういうことを一緒にやってみましょうよ」と、周りの人たちが、その人の持っているであろう能力に気づき、それをまちの資源に昇華させるという視点です。

高齢者を対象とした「社会的処方」で全国的に知られている取り組みの一つに、大森の「みま~も」*2があります。14年くらい前から、リンクワーカー的な人たちの意向と現場のニーズを丁寧に聞き取りながら、地域の活動に落とし込んでいます。「みま~も」では、年間70社くらい協賛が入っていて、ただ資金援助するだけでなく、企業としてできることや専門性が活かせること、企業としてやってみたいこと等も聴いて活動しているようです。
*2「おおた高齢者見守りネットワーク」(愛称『みま~も』):平成20年発足。大田区大森地区で、資源の宝庫である“地域”をベースに地域包括支援センターを触媒として、医療、福祉関係者、住民のネットワークから生まれた活動。「地域づくりセミナー」、「SOSみま~もキーホルダー登録システム」「みま~もレストラン」などに取り組む。活動の一つ、「おおた高齢者見守りネットワーク」は賛助会員を募集し、医療・保険・福祉分野の専門職、民間企業、行政機関が手をつなぎ、地域の高齢者の安心・健康をテーマに活動している。NTTデータ、ユニ・チャーム、ココカラファイン、等多数の企業が会員となっている。

正解のないアートのチカラが、障がい者の情熱をひきだしていく

社会的処方ではアートのチカラを借りる活動も多いようです。それはなぜですか?

西
石川県を中心に活動している、パーキンソン病の方たちに向けたダンス教室「ダンスウェル」*3の取り組みを紹介しましょう。
パーキンソン病というのは、神経が障害されてだんだん体が動かなくなってくる病気です。筋肉が動きづらくなり関節が固まっていき、外出が減り、やがて寝たきりになってしまうので、その進行を遅らせるために、なるべく体を動かして筋肉や関節を固まらせないことが必要です。そのため、通常は、リハビリ室に患者さんを集めて、先生の言うとおりに体を動かすリハビリやセラピーを行っていく場合もあります。一方、「ダンスウェル」では、そういったリハビリではなく、ダンスの表現を通じて、結果的に体を動かしていく機会を提供しています。ここでは患者さんを、リハビリを受ける人ではなく、一人の表現者であると考えます。

つまり、従来のリハビリは、パーキンソン病の人は体が動かしづらいということを、マイナスとして捉えて、健常者と同じように動かせるように近づける「マイナスをゼロにする」発想です。これでは本人がツラい。一方、「ダンスウェル」では、動かしづらい体を動かして生まれたダンスのすべての表現が正解で、素晴らしいものとなります。
しかも、この活動には健常者も、大人も子供も参加します。ダンスを表現する場においてはみんな平等で、それぞれが素晴らしい。そのことに気づく体験は、「障がいがあるのだから、これは無理でしょう」といった思い込みや偏見を外すことにもつながります。
*3 イタリア北部、ヴェネト州ヴィチェンツァ県にあるバッサーノ・デル・グラッパ市では、CSC現代演劇センターの主宰によりダンス・ウェルを2013年から実施しており、日本では、ダンス・ウェルを実施する任意グループが石川県金沢市を中心に様々な場所で、定期的にクラスを開催している。

健常者も障がい者もすべてがフラットになれる、アウトプットした表現に正解がない、というのがアートのチカラです。健常者を正解に、障がい者の「マイナスをゼロに近づける」のではなく、「プラスをダブルプラスにする」アプローチがとれるのです。音楽も正解がない世界が作れるでしょう。実際、ある高齢者施設の打楽器サークルでは、みんなが思い思いに叩きながら合奏をして、その集合体としての表現が素晴らしいと考える活動を行っています。その映像をみると、本当にみなさん心から楽しんで表現していたのが印象的でした。
「プラスをダブルプラスにする」アプローチで、たとえ障がいがあっても、みんなと同じ表現者と認め、「私は、こう動かしたいんだ」「私は、こう奏でたいんだ」という情熱を引き出していく。その方が、関わるみんなが楽しいし、続けていく動機づけにもなると思います。

活動している人同士が、直接会う場をつくり、
「顔が思い浮かぶ」横のつながりをつくる

まちで社会的処方の歯車をうまく回していくしくみ、秘訣はありますか?

西
初めこそ、まちのなかでこういうことをやっていくことが大事ですよ、と火をつける人が必要でしょうが、一度火がついたら、そのあとは、特定の人が「俺についてこい!」と旗を振ってやるのではなく、フォロワーシップで活動を続けていけるというのが理想です。
ただ、日本は、横のつながりを作るのがあまり得意でなく、活動している人たち同士がつながるしくみが乏しいという現状があります。例えば、まちに子ども食堂があったとしても、フォロワーがいなくて、「この問題だったら、子ども食堂の〇〇さんのところに行ったらいいよ」というつながりが生まれないことが多いのです。そうなると、「地域に必要とされないのだったら活動を止めようか」となってしまいます。これは本当にもったいない。活動自体を横につなげていくことは、とても大事な視点です。

そのためには、活動をお披露目して、記憶してもらうことも大切です。川崎市では、年に1,2回、さまざまな地域活動をしている人たちを一堂に会して、ポスター発表会をしていました。そこでは、名刺交換ができて、他の活動をしている人たちを知るきっかけになります。広報等のメディアを使うことも必要ですが、それだけでは打ち上げ花火的になってしまう恐れがあります。そもそも目立つ性質を帯びづらい市民活動ですから、いくらSNSを使っても、特に都心部では、情報の渦にのまれて印象に残ることは難しいでしょう。
ですから、メディアだけでなく、直接会うことが大事です。人と人が直接会って「顔が思い浮かぶ状態」になること、自分が「興味のある活動とつながっている状態」になること、この二つが欠かせないのです。
そうすると、地域の困りごとが出てきたとき、自分では解決できなくても、「〇〇さんのところだったら、うまくいくかもしれない」「ドンピシャの〇〇さんを知ってます」と、誰かの顔が思い浮かべて、つながりのある活動を紹介できます。

まちの資源が有効に使われていると、リンクワーカー的な関わりをする人たちも、「まちに貢献できている」という実感が持てるようになり、どんどん歯車が回っていくのです。

最後に、今後チャレンジしていきたいことを教えてください。

西
一つは、まちの中で「私これやってみたい!」という人の話をもっと丁寧に聴いて、まちの中でつなげていくこと。
もう一つは、医療セクターと民間セクターをつなげていくこと。厚労省でもモデル事業を行っていますが、あくまで医療主体ですから、もっと民間と医療をフラットにつなげていくことができないかと考えています。

現在、私たちは企業との取り組みには着手していませんが、企業が持っているリソースや貢献できることが持ち寄れる場所やしくみがあるとよいと思います。
例えば、脚の不自由なスナックのママさんがいたとして、スナックを続けたいという本人の想いを汲んで、まちのスーパーの店長が店内の買い物を手伝う支援員を配置するとか、介護タクシー会社が送迎サービスをするとか。企業の「私たちはこういうことができますよ」という表明があると進めやすいと思います。
ほかにも、団地に服をつくるのが上手なおばあさんがいて、若いお母さんたちにミシン教室を開いて教えるといいのではないか、という「社会的処方」を考えたとします。そんな時に「ミシンだったら、うちが貸しますよ」というつながりが見つかると助かりますね。ミシンを持っていなかった若いお母さんたちが、ミシンの楽しさに目覚めることも考えられるので、その会を通じてミシンを販売をすることも可能だと思います。

といっても、私は、「社会的処方」はマッチングアプリで成立するものではないと思っています。つながりを処方するためには、人と人が顔を合わせたつながりが欠かせません。何かあったときに、「〇〇さん(あるいは××企業に勤めている〇〇さん)に頼んでみよう」と、人の顔が思い浮かぶことを大切にしたいです。私自身も、医療知識のある一市民としてまちに溶け込んで、フォロワーシップを発揮しながら、チャレンジを続けたいと思います。

聞き手

田中 卓
Hakuhodo DY-Matrix マーケティング・プラニングディレクター。
100年生活の「Well-being≒満たされた暮らし」のモデルをつくることを目指し、業務に取り組む。
殿村江美
㈲E.flat 代表。
ウェルビーイング時代、人々がポジティブな感情で生きられる生活価値を創り、届けるマーケティング活動に携わる。